公正の基本と「正しくないことを正しくやる」罠
はじめに
「公正でありたい」。この願いに反対する人はいないでしょう。
けれども私たちの日常や社会の中には、「これは本当に公正と言えるのだろうか?」と感じる場面が少なくありません。
- 試験の点数は返ってきたけれど、基準が分からず納得できない。
- 会議で発言の機会はあったが、結果は最初から決まっていたように思える。
- 手続きは正しく見えても、当事者にとっては偏りや不利益を感じる。
こうした「モヤッ」とした感覚は、しばしば公正の欠如から生まれます。
本稿では、公正の基本を整理し、「形は整っているのに実質は不公正」という形式主義の落とし穴を考えます。
公正とは「正しいことを正しい方法でやる」こと
公正はシンプルにいえば、**「正しいことを正しい方法で行う」**ことです。
ここでいう「正しさ」は一つの基準ではありません。
- 法律や規則に適合しているか
- 人の尊厳や倫理を損なっていないか
- 社会的に説明可能で、第三者に納得してもらえるか
さらに「正しい方法」とは、
- 手続きが透明であるか
- 関係者が意見を述べる機会を持てるか
- 出された意見が実際に考慮されているか
そして「正しい結果」とは、
- 利益や不利益が特定の人に偏っていないか
- 納得できない場合に見直しや説明の余地があるか
公正をめぐる4つの典型パターン
- 正しいことを正しくやる → 公正
- 最も理想的な状態。信頼を育てる。
- 正しくないことを正しくやる → 見かけの公正(形式主義)
- 書類や手続きは完璧に整っているが、目的や意図が偏っている場合。
- 例:議論があっても結論が事前に決められているような進め方。
- 正しいことを正しくやらない → 説明不足や手続きの粗さ
- 良い取り組みでも、理由や基準を示さなければ不信感を招く。
- 例:採点基準を示さず点数だけ返すテスト。
- 正しくないことを正しくやらない → 明らかに不適切な対応
- 例えば、規則にも倫理にも反する行為。
特に②は注意が必要です。外からは問題がないように見えるため、当事者の不満が見えにくく、信頼が静かに損なわれます。
「正しいこと」は誰が決めるのか
大切なのは、正しさは一度決めて終わるものではないということです。
- 法律や制度:社会が合意して形にしたもの。ただし十分に公平とは限らない。
- 社会的合意(民主主義):多数決や議論を通じて決まる。ただし少数意見をどう扱うかが課題。
- 哲学や倫理:
- カント「人を手段でなく目的として扱え」
- ロールズ「弱者への配慮」
- ミル「幸福の分配」
- 個人の良心や感覚:孔子の「義」、孟子の「惻隠の心」など。
→ 正しいことは固定的ではなく、対話や熟議によって更新し続けるものだと言えます。
ガバナンスと三権分立
その「正しさの独占」を防ぐ仕組みが、ガバナンスです。
国家レベルでの典型が三権分立です。
- 立法(国会):社会の合意をルールとして形にする(目的)。
- 行政(政府):ルールを具体的に実行する(方法)。
- 司法(裁判所):ルールや実行が妥当かを点検する(結果)。
三つを分けるのは、「正しいこと」を一手に決めさせないためです。もし一つの機関がすべて握れば、形式は整っていても実質は不公正、という状況が生まれやすくなります。
反論権・防御権 ― 声を出せる仕組みが必要
どんなに制度が整っていても、意見を言う機会や自分を守る権利が欠けていれば、公正は形だけになってしまいます。
- 反論権:判断や決定に対して、自分の意見や証拠を出して異を唱えられること。
- 防御権:不利益を受けそうなときに、事情を説明したり弁明できること。
これらが欠けると、
- 一方的に決定される
- 形だけ意見を聞いて終わる
- 実質的には「結論ありき」になる
という状態になります。
身近な例
- 学校:生活上のルールに関わる判断をするとき、生徒が自分の事情を説明できるか。
- 職場:人事評価や配置について、意見を伝えたり再確認を求める仕組みがあるか。
- 地域社会:行政が住民の声を形だけでなく実際に反映する仕組みを持っているか。
哲学者の知恵からの補助線
- 目的の正しさ:カント(尊厳)、ロック(権利)
- 方法の正しさ:ハーバーマス(熟議)、ヴェーバー(形式の盲点)
- 結果の正しさ:ロールズ(格差原理)、ミル(幸福の分配)
- 権利保障:近代法思想における「適正手続」
→ 公正を実質化するには、反論と防御の余地が不可欠だと分かります。
WEIで見る公正の効果
反論権・防御権が保障される環境では、WEIの4象限も自然に高まります。
- I-WB(個人の幸福):安心感が増す
- I-EP(個人の力):意見を出せる自信が育つ
- S-WB(社会の幸福):信頼とつながりが深まる
- S-EP(社会の力):制度への信頼が高まり、参加意欲が増す
おわりに
公正とは、単にルール通りに動くことではありません。
「正しいこと」を問い直しながら、「正しい方法」で実行し、「納得できる結果」につなげること。
その過程で、反論や防御の余地が保障されていること。
形式だけではなく、声が届き、尊重される仕組みこそが、公正を社会に根付かせます。