利己と利他の調和 ― ドラッカーと哲学者に学ぶ「正しさの循環」
はじめに
公正とは「正しいことを正しい方法でやる」ことであり、そのために反論や防御の仕組みが不可欠であることです。
では次の問いです。
「正しいこと」は、自分の利益(利己)を優先することなのか、それとも他者や社会の利益(利他)を優先することなのか。
実際には、利己と利他は対立するものではなく、調和してこそ公正な社会が成り立つのです。
1. 利己と利他 ― 対立ではなく、両輪
- 利己:自分の幸福や成長を求めること。
- 利他:他者や社会に役立つことを目指すこと。
利己だけが強すぎれば、他者を犠牲にしてしまう。
利他だけを強調しすぎれば、自分を押し殺して疲弊する。
公正は、この両者を「どちらも大切」と受け止め、橋渡しする仕組みをつくることで実現されます。
2. ドラッカーが示した利己と利他の橋
経営学者ピーター・ドラッカーは、組織の存在理由をこう語りました。
「組織の目的は社会への貢献である」
- 個人は、自分の強みを活かし(利己)、成果を出す。
- 組織は、その成果を社会に役立てる(利他)。
つまり、個人の成長と社会の成長は対立しない。むしろ「個人が成果をあげる」ことが「社会の貢献」に直結するように組織を設計するのがガバナンスの役割です。
3. 哲学者の視点から
- アダム・スミス
『国富論』では「見えざる手」による利己の調整を語りましたが、『道徳感情論』では「共感」が利他の出発点だと述べました。 - アリストテレス
「人間は社会的動物である」。人は共同体の中でこそ幸福(エウダイモニア)を得られる、としました。 - 孔子・孟子
利よりも「義」や「仁」を重んじ、利己と利他を調和させることを教えました。 - カント
自分の幸福を追求する自由を認めつつ、人を手段ではなく目的として尊重することを求めました。 - センとナスバウム
「能力(ケイパビリティ)」という観点から、人々が自分の生を自由に実現できる環境が整っているかを、公正の基準としました。
→ 共通して言えるのは、利己と利他をどうつなぐかこそが社会の正しさを測る視点だということです。
4. WEIで見る利己と利他
WEI(Well-being & Empowerment Index)は、利己と利他の両立を測る補助線になります。
- I-WB(個人の幸福)=利己に近い要素。健康、安心、充足感。
- S-WB(社会の幸福)=利他に近い要素。信頼、助け合い、共同体の安定。
- I-EP(個人の力)=利己の実現手段。スキル、選択肢、自己効力感。
- S-EP(社会の力)=利他を支える制度。参加機会、透明なルール、支援体制。
利己が満たされ(I-WB・I-EP)、それが利他へとつながる(S-WB・S-EP)とき、**「個人が幸せになれば社会が元気になる」**という循環が動き出します。
5. 身近な例
- 学校
生徒が自分の意見を安心して言える(I-EP)が、クラス全体の信頼(S-WB)につながる。 - 職場
個人の成果や成長(I-WB・I-EP)が、組織の改善やサービスの質向上(S-WB・S-EP)に結びつく。 - 地域
一人の挑戦(利己)が、周囲を元気づけて新しい文化や活動を生む(利他)。
6. 公正の役割
公正は、この利己と利他を対立させないための「調停役」です。
- ルールを透明にすることで「利己が暴走する」ことを防ぐ。
- 対話の場を整えることで「利他の押しつけ」にならないようにする。
- 結果の偏りを点検し、「利己と利他のバランス」を調整する。
おわりに
利己と利他は、どちらかを犠牲にするのではなく、どちらも尊重しながらつなげていくものです。
公正は、そのためのルールであり、対話であり、信頼の仕組みです。
自分の強みを活かす(利己)ことが、誰かの役に立つ(利他)ことにつながる。
その循環を社会全体で支えるとき、個人の幸福と社会の元気は両立します。