ランチェスター戦略 × WEI――「弱者の逆転」と「強者の持続」を両立させる方法
経営や組織運営の世界には、古くても色あせない基本法則がいくつかあります。ランチェスター戦略もその一つです。第一次世界大戦の戦場で、兵力差が戦局にどう影響するかを数理的に説明したことから始まりましたが、その本質は「戦力の使い方」を教えることにあります。これに対して、WEI(Well-being & Empowerment Index)は、人や組織がどれだけ幸福で、どれだけ主体的に動けているかを測るための指標です。言い換えれば、ランチェスターは“勝ち方の設計図”、WEIは“何を高めるべきか”を示すものです。両者を組み合わせると、目先の勝利だけでなく、勝った後に価値を持続させるための運用まで一気通貫で考えられるようになります。
まず、ランチェスター戦略の核を押さえておきましょう。接近戦や一騎打ちのように、相手と密に向き合う局面では、力量は兵力の数にほぼ比例します。小規模でも、相手の弱点を突いたり、顧客に密着したり、リソースを一点に集中させたりすることで十分に勝機が生まれる――これが「第一法則」の世界観です。反対に、遠隔から同時多発的に仕掛ける局面では、戦力は兵力数の“二乗”のように効いてきます。広告や流通、ブランドの広がりがものを言い、面で覆う者が逓増的に強くなる――こちらが「第二法則」の領域です。実務で重要なのは、弱者と強者が同じやり方を選ぶと、どちらかが必ず不利になるという点です。弱者は範囲を狭めて密度を上げ、強者は範囲を広げつつ体験の標準化で面を押さえる、という役割分担が基本になります。
では、WEIをどう重ねればよいでしょうか。WEIは、幸福度(健康・心理的安全・人間関係・時間の余裕・生活満足など)と、主体性(自己効力感・意思決定への参加・情報やツールへのアクセス・学びの機会など)を、同じ土俵で見える化する指標です。ひとつのやり方として、各要素を0〜100で正規化して集計し、幸福と主体性の双方が低いと全体も下がるように、幾何平均などの“連動性を意識した”方法で統合します。測定は四半期ペースにすると、施策との因果関係が追いやすく、短期のノイズにも振り回されにくくなります。アンケートだけでなく、参加率や提案数、学習時間、離脱率といった行動ログも併せて見れば、数字の“形骸化”を避けられます。
ここで、戦い方の選択を「市場シェア」と「WEI」の二軸で考える視点を導入します。新規参入や劣勢でシェアが低く、WEIも低い場合には、第一法則の出番です。地理・顧客・課題の三つの軸をできるだけ狭く定義し、接触頻度を高め、短期間で実感できるミニ成果を設計し、物語として共有します。幸福度では心理的安全や時間の余裕を、主体性では意思決定への参加や小口の権限移譲を優先して底上げすると、少ない資源でも“局地的な圧勝”が作れます。小さな成功が生まれたら、要素をキット化して、似た局地に一つずつ横展開します。拡張では変数を一つだけ動かす(地理だけ、顧客だけ、など)と、何が効いたのかが学習しやすくなります。
一方で、シェアは高いのにWEIが低い状態は、量は取れているが現場が疲弊していたり、不満の分散が大きかったりする兆候です。ここは第二法則の領域で、まず“入門体験”の標準化から着手します。新規利用や初回導入の手順を迷いなく終えられるよう整え、現場には一定の裁量幅(その場で即決・即解決できる金額や時間の上限など)を数値で保証します。WEIの分布は中央値だけでなく下位分位(下位10%や25%)を重視し、苦情や離脱に直結するボトルネックを特定して重点投資します。広告出稿やブランド訴求は、標準体験の質が整うほど二乗効果に乗りやすくなります。逆に、WEIが低いまま声だけ増やすと、期待値だけが上がり、かえって不満を増幅させる危険があります。
施策の検証は、可能なら段階的ロールアウトやクラスター単位の比較で、差の差(Difference-in-Differences)を用いると効果が見えやすくなります。成功の定義も、売上や利用率だけでは足りません。WEIが同時に上がっているか、特に下位分位が底上げされているかを必ず確認します。可視化は、横軸に売上KPI、縦軸にWEIを置いた二軸の散布図が実用的です。右上に集まる施策が“続けるべきもの”、右下や左上に落ちる施策は要因分析の対象です。
具体例で流れをイメージしてみましょう。たとえば駅周辺の小規模な学習サービスが、理数に苦手意識のある高校生だけに対象を絞るとします。初回体験は四十五分で「わかった」と「できた」が両方実感できるよう設計し、保護者とのコミュニケーションも短く明確に整えます。これだけで心理的抵抗が下がり、自己効力感が上がるので、WEIは短期で動きます。局地の満足と主体性が高まれば、紹介が自然と増え、隣の学区への展開も慎重に進められます。逆に、広域に展開する行政窓口のような場合は、手続きの標準手順と、現場の裁量でその日のうちに解決できる可変域を先に定義します。これだけで待ち時間や担当差による不満が減り、苦情や離脱が落ち着きます。そのうえで必要な広報を打てば、面での効率が上がります。
もちろん、落とし穴もあります。WEIそのものを数字として“追いかける”と、測定のための測定になりがちです。アンケートの設問は短く、匿名で、モバイルからすぐ回答できるようにして、参加や提案、学習時間などの行動データと必ず組み合わせます。標準化の行き過ぎで現場の創造性を奪わないよう、裁量の幅は数値で明記して“守破離”の余白を残します。短期キャンペーンで一時的に幸福感が上がっても、主体性を削いでしまえばWEIは後から下がります。値引きよりも選択権や発言権を増やすほうが、長い目で見ると指標が安定します。
導入の進め方は、九十日を目安に三段階で考えると現実的です。最初の二週間で、売上や利用に関するKPIと、WEIの下位項目を定義し、局地や全域のボトルネックを見取り図にします。次の一か月で、小規模側は一局地・一ペルソナ・一導線にしぼった試行を回し、大規模側は入門体験の整備と下位分位の改善パッケージを一地区でテストします。最後の一か月で段階的に広げ、差の差で効果を確かめ、右上(売上もWEIも上がる)に入った施策をテンプレート化して横展開します。
最後に、よく語られる市場シェアの経験則にも触れておきます。おおまかに、同等に競れるのは四分の一前後、優位が明確になるのは四割強、独占的な支配感が出るのは七割超という目安があります。ただし、これは産業構造や商品特性で大きく前後します。数字を鵜呑みにするのではなく、自分たちの市場で“どの地点から第二法則が利き始めるのか”を、WEIの動きと合わせて実測する姿勢が大切です。
結局のところ、ランチェスターは「戦力の配り方」を、WEIは「価値の高め方」を教えてくれます。弱者は範囲を狭めて密度を上げ、局所でWEIを最大化することで逆転を生みます。強者は範囲を広げて標準化し、WEIの分散、とりわけ下位層を底上げして優位を持続します。二軸――市場シェアや売上とWEI――で施策を設計し、右上に積み上げる。これが、短期の勝ち筋と長期の持続可能性を同時に手にする、最も再現性の高いやり方です。